カテゴリ:戦争遺跡( 11 )

「長崎県 大村市福重飛行場路跡・・・」8月15日今日のショット

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今年も終戦記念日がやってきた・・・
今年の僕が記録した戦争の跡は長崎県大村市にあるこの滑走路跡だ。
長崎県大村市といえば特攻隊が飛び立っていった大村航空基地が有名だが、
今回僕は、敢えてこの福重飛行場跡を訪ねた。
現在は、平和に稲穂を夏の風に揺らすこの地は、かつて飛行場として使われていた。
近くで農作業をする方に少しお話しを伺うことが出来た。
今は水田となったこの土地がかつて飛行場だったこと、
この滑走路を造るため、軍に強制的に移転させられた小学校の事。
そして、この一直線に伸びる道路が滑走路の一部であったと地元の方が教えて下さった。
多忙になってしまったため思うように取材が出来ず、
データが不足しているため読者の皆さんに詳しいことをお伝えできない事を考えると、
今年は戦争遺跡の記事をUPするのをやめようかとも思ったのだが、
継続することも大事と思い「読みでの無い記事で申し訳ない・・・」と思いながらもUPさせていただいた。
WEBで詳しいことが書かれているページだけは発見できたので下に添えておこうと思う。
内容より継続を取ったこと・・・読者の皆様には申し訳ない。

福重飛行場の歴史について・・・


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先日発表されたFUJIFILM X-M1の作例写真の一部を撮らせていただきました^^
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by enzz3121 | 2013-08-15 19:58 | 戦争遺跡

「グアム アサンビーチ ナショナルヒストリックパーク・・・」8月15日今日のショット

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今年の春、仕事でグアムへ行った。
仕事以外の撮影は考えられないようなパンパンの撮影日程を組んでいたのだが、
かろうじてこのアサンビーチにあるナショナルヒストリックパークだけは立ち寄ることが出来た。
グアム…太平洋戦争の中でも激戦の地、
いまだ故郷に帰れないままの遺骨も数多くあると聞く。
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今は平和にのんびりと時間が流れるグァム、しかし侵略と戦争の歴史がこの島のあちこちに見られる。
先の戦争では、真珠湾攻撃の2日後日本が上陸し大宮島として約3年間統治するが、
太平洋戦争末期、激戦の末米軍に奪回される。
文献によれば、援軍も得られず島に取り残され戦った日本兵の数20879名、そのうち生き残ったのはわずか170名と記されている。
その他、地元住民や米兵など含めたくさんの方々が亡くなっている。
グアムの悲しい歴史…もうひとつの顔がここにある。
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いつか仕事ではなくもう一度訪れてみたい場所だ。
もう一度ゆっくりと時間をかけキチンと自分なりの記録を撮ろう…そう思った。
ただ…なかなかまとまった休みが取れないままでいる。
休むことが怖いうちは無理かなぁ…

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by enzz3121 | 2012-08-15 00:00 | 戦争遺跡

「千葉県匝瑳市・・・旧日本軍香取航空基地跡」8月15日今日のショット

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千葉県匝瑳市、総武本線干潟駅近く
かつてそこには旧日本軍香取航空基地があった
今でもその名残で数基の掩体壕(えんたいごう 戦闘機などを隠す格納庫)がひっそりと水田の中に残されている
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この、香取航空基地は・・・あの神風特攻隊の出撃基地でもあった
案内板にも書かれていたのだが
太平洋戦争末期、旧日本軍は矢尽き刀折れ
ついに神風特攻隊を編成した
神風特攻隊とは、生還を考えない体当たり攻撃隊(この他に特別攻撃隊には、
1944年3月に計画した人間魚雷「回天」、人間爆弾「桜花」、人間爆弾船「震洋」、
「マルレ」こと四式肉薄攻撃艇、後に人間機雷「伏龍」と呼称される特攻兵器も含まれていた)
平均年齢は実に17~18歳と若くまた特攻隊の訓練は、予科練と言われる厳しい訓練が待っていた
このあまりにも理不尽な訓練は、訓練と呼んでよいものかどうか・・・疑問に感じることがあった
と、言うのも中学生当時、僕は予科練を受けたことのある体育の教師の先生から
予科練での出来事を直接聞くことが多かった
ここでは詳しく書けないが・・・酷い話だった
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この香取航空基地からは昭和二十年二月から硫黄島へ向けて特攻隊が出撃している
まだ若く、そして未来の日本を信じ自らの命をかけて飛び立った者たち・・・そして散っていった
なんという悲しいことだろうか・・・
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あれから66回目の夏が来る
この国にも戦争があったことを忘れてはならないと思う
たくさんの戦死者、市民の犠牲者がいたことを忘れてはいけないと思う
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今、表向きかもしれないけれど平和であることを感謝したいと思う
しかし・・・大規模な世界不況は戦争勃発の引き金になることがある・・・
同じ過ちを繰り返すことが無いことを祈りたい

合掌

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by enzz3121 | 2011-08-15 00:00 | 戦争遺跡

「D-Day2010・・・ノルマンディーにて」8月15日今日のショット 

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1944年6月6日フランス コタンタン半島で大規模な上陸作戦が行われた
これがロバート・キャパ(本名はフリードマン・エンドレ・エルネー) の作品でも有名な
ノルマンディー上陸作戦だ
今回のフランス遠征でどうしても訪れたかった場所のひとつである
そして、シャッターを切りながらある人物への手紙を心の中で綴っていた・・・



尊敬するロバート・キャパ様
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1944年6月6日、貴方が撮られたノルマンディー・・・
今は、静かなリゾート海岸になっています
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上陸用に立てられた桟橋も泳ぎや釣りを楽しむ人々の浮島に使われています
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あの上陸作戦のことを忘れないために今は記念館もあるんです
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こうして、戦勝国、敗戦国にかかわらず我々は
もう戦争が起こらないよう願いをこめて戦争の記憶を残そうとしています
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けれど・・・残念ながら、今も世界のどこかで戦争が起こっています
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諸説色々言われていますが・・・最後の取材となった南ベトナムの取材
貴方は、本当はもう戦地に行きたくなかったのでは?と言われています
たしか、その最後の取材の前にカメラ毎日の依頼で
日本にいらっしゃっていたかと記憶しております
そして東京から南ベトナムへ向かわれたとも記憶しております
その取材では、たくさんの子供達の姿をスナップされておられたのを
写真展で拝見させていただきました
戦争が終わり、未来を託された子供達の姿を見た貴方だからこそ
戦地へ赴くことをためらわれたのでは・・・僕はそんな事を思いながら貴方の撮られた日本の写真を観ていました
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2010年僕が訪れた時のノルマンディーは平和でした
子供達の笑い声や、寄り添う恋人達で溢れていました
貴方の訪れた日本も、私のような小市民には知らされていないような
「危機」はあるのかもしれませんが
表向きには平和を保っています
しかし・・・先ほども話しましたが、今もどこかで戦争が起こっています
ロバート・キャパ様・・・いえ、フリードマン・エンドレ・エルネーとして今の世界を見たとき
貴方の眼にはどんな風に見えますか?
そして、ロバート・キャパではなくフリードマン・エンドレ・エルネーとして
どんな写真を撮られるのでしょうか?
「MAGNUM」・・・がその答えなのでしょうか?

いつか・・・ロバート・キャパとしてではなくフリードマン・エンドレ・エルネーの作品を拝見できれば幸いです
乱筆、乱文お許しください

敬具
エンゾ3121
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by enzz3121 | 2010-08-15 00:00 | 戦争遺跡

「HIROSHIMA・・・」

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原爆ドーム・・・かつて広島県産業奨励館と呼ばれていた建物だ
初めて眼にしたのは高校生の頃だった
高校3年の夏、独りバイクでツーリングに出た
行き当たりばったりの旅
最初は、京都に行くつもりだった
しかし気が付けば・・・広島にいた(この後、長崎へと向かった)
そして、原爆ドームに向かっていた
そして・・・驚いた
急に現実感に色がついた・・・「戦争」という教科書の中の出来事が「本当のこと」になっていった
遥か昔の17歳の思い出だ・・・

おとっつぁんになって再び眼にする・・・
言葉に出来ない恐怖が湧きあがってきた・・・我々フォトグラファーに出来ること
それでも伝えてゆくこと・・・その時そんな事を思った

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by enzz3121 | 2010-08-14 08:02 | 戦争遺跡

「戦争遺跡・・・北海道大樹町旭浜トーチカ」

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今年の8月15日のエントリーのために、2月の北海道遠征でこのトーチカを撮りに寄った
かなり遠回りになる道のりで、帰りのフェリーの時間ギリギリもしくは乗り遅れる危険性もあったのだが
無理をしてまで撮りにゆく価値があると思い立ち寄ったのだった
何のために・・・?
どこかの雑誌に取り上げてもらうわけでもなく・・・新聞社に取り上げてもらうわけでもなく・・・
しいて言うならブログの記事にするため・・・であろうか
もちろんライフワークとしての取り組みでもあるのだが・・・

決して大人気ブログとは言えないけれど・・・決して有名フォトグラファーとは言えないけれど
こうして「戦争」と言う事に対しフォトグラファーとして向き合っている事を発信できたなら・・・
そんな気持ちで現場に向かったのだった
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現場は厳冬2月の北海道、吹きさらしの海風が吹いていた・・・
第二次世界大戦当時に作られたトーチカが静かに横たわっていた
このトーチカは実際には使われることのなかったトーチカだった・・・と、このトーチカを作った方が仰っていた

というのも、このトーチカの撮影をするにあたって現場に向かって走っていたところ
二頭の馬と眼が合ったのだった
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その馬に誘われるようにシャッターを切ろうとしていたところ
この馬を飼育している方が
「もっと近くで撮ったらどうだい?」
と声をかけてださった
ならば・・・と思い
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遠慮なく近くで撮らせていただいた・・・その後、少々の世間話の後この地へ訪れた目的を告げた
すると・・・なんと今回冒頭で撮影したトーチカを作るにあたって実際作業を手伝ったという方であった
その方から、当時の貴重なお話を伺うことが出来た
作った当時、この大樹町近辺にも何回かの空襲がありたくさんの方が亡くなったことを話してくださった
そして、当時のことを知っている生き残りは・・・もう自分を含めて2人だけになってしまったことも話してくださった
大樹町のトーチカは、海岸に見えているだけでも結構な数があるのだが
この方の、話を聞くと未だ埋もれているトーチカが結構な数あるとのことだった
その、埋もれているトーチカを最近また発掘しようとする動きがあることも教えてくださった

そのトーチカの中である
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トーチカの中はクランク状になっており中に入ると


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こうしてすぐ右に曲がり


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さらに左に曲がると・・・
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このような狭い空間が待っている
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さらにこの小さな覗き穴から銃火器を構えて発射する・・・

実際使われることはなかったとはいえ・・・中に入ってあまり気持ちの良いものではなかった・・・
もし・・・長引いていれば、あの狭いトーチカの中に入って戦っていた人がいたのかもしれない
そう思うと・・・ゾッとした

2009年未曾有の不況が世界を襲っている・・・不況は戦争を引き起こすきっかけになりかねないと
TVでコメンテータの学者様が言っていた・・・所謂13年戦争もそういったことがきっかけの一つだったと言っていた
しかし、僕は同じことは起こして欲しくないと強く願っている
戦争遺跡が「遺跡」ではなくなってしまうような事は2度と起こって欲しくないと強く願っている

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by enzz3121 | 2009-08-15 00:00 | 戦争遺跡

「長崎原爆被災地・・・山王神社二の鳥居 被爆楠(くすのき)」8月9日今日のショット

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フォトグラファーとなってから、新ためて訪れてみたいと思っていた街・・・長崎

公立病院の裏手にある駐車場近くの急な階段を上ると・・・
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「山王神社 二の鳥居」がいる
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この鳥居は、1945年8月9日午前11時2分原爆によって半分を吹き飛ばされた
それからこの鳥居は、そのままの姿でこの場所で佇んでいる

鳥居を撮影している時に、地元の方と思われる年配の女性の方に後ろから声をかけられた
年配の女性「鳥居を撮られてるんですか?」

僕は後ろを振り返り
「えぇ・・・こうした第二次世界大戦の傷跡や記憶を記録しているんです」

そして、僕はまた前を向き再びシャッターを切りながら・・・
「こうして戦争の傷跡の今を記録して残してゆくことが、我々写真を愛するものができることの一つのような気がして・・・こうして記録しているんです」
年配の女性「・・・」

「2009年の二の鳥居はどんな姿だったのか・・・僕じゃなくても誰かが記録しているんでしょうけど・・・けど・・・僕も残しておきたい、伝えてゆきたいと思って」
年配の女性「そうですか・・・ありがとうございます」

「(ありがとうございます・・・なんて)そんなそんな!ただ、勝手にそう思ってやっているだけですから!」
と、振り返ると・・・

え・・・
そこには誰もいなかった・・・

どうやら年配の女性は足早に立ち去って行ったのだろ・・・


その、二の鳥居のいる道を過ぎ神社へと向かうとそこにも大きな大きな被爆者が・・・
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この大きな2本の楠(くすのき)・・・美しい緑の葉を育む大きな楠は
被爆者なのだ・・・
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それでも立っている大きな樹を見たとき・・・ジーンとした
頑張って頑張って生き抜いてきた楠
人であっても樹であっても・・・原爆被害にあえば、そうとうシンドイ思いをしてここまで来たに違いない
それでも生き、そして緑の葉を育み大地に立っている姿・・・ジーンと来た


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原爆被害にあった長崎と共に生き抜いてきた楠・・・もちろん樹にも寿命というものがあるだろう・・・
けれど・・・けれど、生き続けて欲しいそんなことを思った
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境内には被爆当時の写真があった・・・この写真を見たとき「記録する」ということの尊さを新ためて感じた
残してゆくこと・・・伝えてゆくこと・・・それも写真にできることの一つ
「写真は記録・・・」我が師匠伏見行介氏の言葉が頭をよぎった
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今、被爆楠は次の長崎を担う子供達を、こうして見守りながら佇んでいる
それでも生き続けている姿を子供達に見せながらそこにいてくれている

取材撮影を終え、新ためて戦争の無意味さを感じた・・・そして、僕はフォトグラファーでい続けられる限り
こうした戦争の傷跡や記憶を記録してゆこう
そんなことを思った

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by enzz3121 | 2009-08-09 11:02 | 戦争遺跡

「旧日立航空機株式会社立川工場変電所」8月15日今日のショット

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この物言わぬ歴史の語り部は、公園のすみでひっそりと佇んでいた

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今年の8/15の記事は、東京にある戦争遺跡をUPすることにした

この歴史の語り部は、東大和市にある東京都立東大和南公園という市民の憩いの場にいる
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建物にあるこの無数の穴のようなものに注目していただきたい
これは、戦時中アメリカの攻撃によって出来たもなのである

資料によると、工場地域への攻撃は3度あったと記されている
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一度目は
昭和20年2月17日
グラマンF6F戦闘機など50機編隊による銃爆撃
二度目は
同20年4月19日
ムスタング数機による攻撃
三度目は
同20年4月24日
B-29 101機編隊による爆弾投下

このアメリカ軍による三度の攻撃は死者110人以上、多数の負傷者を出した・・・
この物言わぬ時の語り部は当時のままの傷跡を残しその攻撃の凄まじさを雄弁に物語っていた
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意外なことに、この変電所は平成5年まで現役だったと資料には記されていた

その後、取り壊しが予定されていたのであるが貴重な戦災建物を保存し次代へ伝えたいという市民の情熱と、元従業員の方々の情熱が1つの運動を起こし
同じく戦災建物の給水塔のモニュメントと共にこの地に保存される事となった
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今はとても平和なこの地・・・近くには集合住宅が建ち並び、周りには散歩を楽しむ人々の声、子供たちの笑い声などが聞こえる・・・
この物言わぬ語り部はこうした平和を愛する市民の方々の「平和を愛する情熱」と「語り継ぐこと」を大切にした思いが込められ保存されたのである
「あの夏日本にあったこと・・・」
僕自身も忘れないようにしてゆきたいと思う



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by enzz3121 | 2008-08-15 10:48 | 戦争遺跡

8月15日戦争遺跡を追って

62年の時を経て・・・
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今年もこの日がやってきた・・・戦争が終わって62年が経った
僕は戦争体験者ではない・・・が、日本に戦争があったこと
それもたった62年前の事だったことを忘れてはいけないと思っている

今年は、戦争遺跡を撮りに行ったのでよろしければご覧頂きたい
ちなみに長い記事になります事をお許し頂きたい 今回は敢えてMoreは使いません



この戦争遺跡があるのは
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千葉県にある太東埼灯台である
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今はノンビリとした見晴らしの良い場所である・・・
そう・・・今も62年前も見晴らしの良い場所だったのだろう
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冒頭のショットは
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ご覧の看板の通り、戦時中に日本海軍が設置した電波探知機跡である
この地にもアメリカ軍の攻撃は・・・確かにあったのだ


そして・・・振り返ると
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この地は機関銃座の跡地でもあるのだ


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機関銃座跡は・・・
その痕跡を覆い隠すかのごとく今は見る影も無く木々が生い茂っていた・・・
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62年前、家族を、友を、愛する人を守るために必死で機関銃を操作し米軍機に弾を発射した人が・・・いたのだろう

米軍は本土決戦を行った場合の上陸地点としてこの千葉県を候補地にあげていたと言う話も聞いたことがある・・・
ならば・・・激しい打ち合いにもなったのであろう・・・
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戦争遺跡・・・負の遺産として取り上げられることが多い
しかしながら、戦争体験の無い我々に雄弁に語りかけてくる遺産である
その時、日本に何があったのか・・・多くの涙が流され人々の悲痛な叫びが繰り返された第二次世界大戦
こうして戦争遺跡を目の当たりにすると、決して教科書の中にある史実なんかではなく現実にあったことなのだとシャッターを切りながら実感する


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忘れ去られてゆく戦争の記憶・・・
思えば・・・僕は、戦地に赴いた祖父と花火を見に行くことが無かった・・・
祖父は・・・ポツリとこう言っていた「花火の音を聞くと戦争の時の事を思い出すよ・・・」と
僕があまり花火の写真を撮ろうと思わないのは・・・そのせいであろうか・・・

今年でまだ3回目のこのシリーズ、自らがカメラマンとして続けて行きたいエントリーである
自らは記録者として、そして一日本人としてこの戦争があったことを忘れてはいけないと思っている
カメラを持った人間として伝えてゆきたいこと・・・の一つでもある
僕は、母方の祖父からあまり戦争の話を聴くことが無かった・・・というより
子供心に聴いてはいけないことのような気がしていた・・・
今・・・もっと聴いておけばよかったと思う・・・もちろん辛い記憶なのは分かっている
しかし・・・残さなければならない記憶のような気がしてならない
記録は・・・資料を集めれば集められないことは無い
・・・しかしながら人それぞれが持つ
「記憶」は残してゆかなければ忘れ去られてしまうのだ

父方の祖父は何の因果か・・・満州鉄道の報道カメラマンだったと聞く
残念ながら僕が生まれて数年後肺がんで亡くなったのだが・・・もし生きていれば
その時の満州でいったい何があったのか聞いてみたかった・・・

そして、今は孫の僕がカメラを握り記録者として動き始めている・・・因果なものだ
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帰り際・・・誰かの書いた落書きが眼にとまった・・・
そう・・・NO WAR!
戦争なんて・・・起こしてはいけないのだ・・・
こうしたことを伝えてゆくことも・・・写真に出来る事の一つなんだ・・・
と、そんな事を思い撮影を終えこの地を後にした


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病院のベッドで頑張る子ども達へ
更新しました
by enzz3121 | 2007-08-15 00:00 | 戦争遺跡

「祖父の家で見つけた戦争遺跡・・・」8月15日今日のショット

「祖父の家で見つけた戦争遺跡・・・」
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8月15日終戦記念日・・・
今年もキャラじゃない
記事ですが・・・UPさせて
いただきますね^^;
去年も8月15日
関東にある戦争遺跡
を撮ってきそれを
記事にしてUPしました
今年も・・・
そう思ったのですが
今年は、祖父の家の
本棚の奥・・・
隠されたように
置いてあった
この本と・・・


そして・・・この小冊誌をUPしようと思います
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本当は、またどこかに
戦争遺跡を撮りに行って
それをUPしようと
思っていたんですが
・・・何故かこの本が
頭から離れなくて
UPしました


今年95歳になる祖父・・・実際に戦地に行った祖父
そして、戦地から命からがら帰ってくると・・・社会の仕組みが変わり
今まで自分達の信じていたものはなんだったのか・・・
と、自分に問い返したそうです

先日、久しぶりに祖父にあった時
「おじいちゃん・・・この本借りてもいいかい?」
そう聞くと・・・
「うん・・・」と、うなずき そして・・・「戦争があったこと・・・忘れちゃなんないんだぞ・・・」
と、消え入るような声でいいました

幼い頃・・・祖父に戦争の事を聞きました・・・
でも・・・あまり話したがりませんでした
いつも・・・
「あれは・・・うん・・・大変なことだった・・・」
と、何かを見上げるように一言、言うだけでした
今、この本を読むと・・・なぜ話が出来なかったのかということがわかります・・・

僕は、戦争を体験していません・・・その、時代にも生きていません・・・
だからこそ・・・
その事実があったことを忘れてはならないのだと思っています
日本に戦争があったという事・・・それを忘れてはならないと思っています

今年は・・・「人の中にある」戦争遺跡をUPいたしました





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by enzz3121 | 2006-08-15 00:00 | 戦争遺跡